労務管理

妊娠・出産とキャリア選択 ~育休取得を境にした退職と復職~

  • 執筆者:弁護士延時千鶴子

 ご自身,ご家族の「妊娠・出産」をきっかけにキャリアにおける選択を迫られる方も多いのではないでしょうか。

産休や育休を取得後に職場復帰するのか,現在の職場を退職するのか。さらに,育休取得後に復職した場合には育児と仕事との両立に,妊娠・出産を契機に退職した場合にはどのタイミングでどのように再就職を勝ち取るのか,など。

 今回は,その中でも「育休を取得した末に退職しなければならなくなった場合」と,「育休取得後に復職した場合」に生ずる問題について解説いたします。

育休後「有給を消化してから退職」というコースはありなのか??

 育休は,復職することを前提に取得するものですが,育児休暇中の何らかの事情の変更により,復職が難しくなってしまうこともあります。

 たとえば,配偶者の転勤で転居することになった,子供が病気がちで看病に専念する必要が出てきた,などのケースです。

そのような場合には、育休を取得したものの、やむを得ず退職することになります。

 育休中に退職せざるを得ない事情が生じた場合には,その時点で雇用主と相談をし,退職方法について検討すべきでしょう。

 しかし,このような経緯で退職することになった場合、未消化有給を取得してから退職しても良いのだろうか、と躊躇している人もいるのではないでしょうか。

1.そもそも有給休暇とは

 労働基準法39条の定める年次有給休暇の取得は労働者の権利であり,労働者が有給を取得する日を決めることができる時季指定権があります。

 使用者は,業務上の配慮等から有給を与える日をずらす時季変更権を行使できますが,有給自体を与えないということは許されません。

そして,労働者の退職決定後,退職前に有給を取得したいといわれた場合には,退職が決まっている以上有給の時季をずらすことはできませんから,使用者はその申し出を拒むことはできません。

2.育休取得後であっても変わらない

 ですから,育休取得後に,やむを得ない事情により退職が決まったが,残っている有給を取得してから退職する,ということ自体には法律上何ら問題ありません。

 もっとも,復職することを前提に育休をもらっていたのに復職しないことになるわけですから,職場にかける負担を考慮した辞め方ができるよう,配慮することが大切でしょう。

「負担の軽い職務に変更してほしいが,従前の役職は維持して働きたい!」は我が儘?

 妊娠・出産,その後の育児は重労働であり,それまでと同じ負担の労働をこなせない場合があります。

そうした場合には,雇用主と相談をして従前よりも負担の軽い業務に変更してもらうことができますが,それに伴い役職を降格させられてしまうことは,仕方がないこととして我慢しなければならないのでしょうか?

1.不利益な取扱いは法で禁止されている

 マタハラ(マタニティハラスメント)とは,妊娠や出産,育休の取得を契機に,職場の上司や同僚から受ける精神的・肉体的嫌がらせのことです。

妊娠・出産,育休を理由として労働者に不利益な取扱いをすることは,男女雇用機会均等法(9条3項)や育児・介護休業法(10条)で禁止されています。

したがって,妊娠や出産,育休の取得を理由として従前の役職を降格させることは違法ですから,泣き寝入りする必要はありません。

2.最高裁の判決(いわゆるマタハラ判決)

 平成26年10月23日の判決では,労働者自らが,妊娠・出産を契機に軽易な業務への転換を希望した場合であっても,それに伴う役職の降格は原則として違法だと判断されました。

労働者が,使用者から充分な説明を受けた上で,何の圧力もなく,自由な意志で降格に同意した場合や,降格させることが法の趣旨に反しないと認められる特段の事情がある場合など,厳しい条件の下で例外的に合法になると判断しました。

 したがって,妊娠・出産や育児の負担のために,自ら軽い業務への変更を申し出た場合であっても,役職の降格を当然に受け入れる必要はありません。使用者側が,降格についてきちんと説明・説得する責任があり,労働者が同意していないのに降格させることは違法になる可能性が高いです。

おわりに

 これまでと同じようには働けないが,これまでと同じ役職を維持して働き続けたいという要望については,世間ではまだまだ,「我が儘だ」とする声があります。

 しかし,少子高齢化が進む現代社会にとって,妊娠・出産は,当事者だけの問題ではなくなった今,出産後のキャリアを心配しなくても良い環境が整うこと,社会全体で協力していくことの重要性が浸透しつつあります。

また,私たちは,働く時間や業務内容をフレキシブルに変化させていくことに,より寛容になる必要に迫られています。身内の介護や自分自身の病気など,働き方を変えざるをえないけれど,収入が下がるのは困るという状況になることはいくらでもあります。

 他人ごとと思わずに,社会全体が様々な働き方を受け入れられるよう,一人一人の意識の改革が求められているのではないでしょうか。

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