東京地裁平成26年10月9日決定が、EU判決の示唆を受けつつ従来の議論を乗り越え、検索エンジン運営者も削除義務を負うサイト管理者には変わらないという当然の理屈に到達したことを前回の記事で解説しました。
しかし、今回の決定に至るまでには、もう一つ乗り越えるべき大きな壁がありました。
Google日本法人には削除権限がない
Googleは、日本国内に株式会社を設立し、事業を展開しています。
そこで、Googleに対して削除裁判を行う場合、日本法人を相手に裁判を提起するということをまず思いつきます。
当事務所でも3年近く前に一度、Google日本法人を相手に裁判を提起したことがあります。
このとき、Google側は日本法人は検索結果に対する管理権・編集権限を有しておらず、そのような権限はすべて米国本社Google,Inc.にあると主張しました。
そして、日本法人には権限がないという理由で請求を棄却した判決や決定が、Google側から大量に証拠提出されたことを覚えています。一番古いものでは平成18年の事例でした。
先月報道された京都地裁平成26年9月17日判決(Google日本法人に対して検索結果の削除を求めた事例)においても、同様の理由で請求が棄却されています。
外国法人と裁判するためのノウハウの蓄積
このように私が知る限りでも、平成18年当時からGoogleには苦杯をなめさせられ続けてきました。Googleの主張を前提とするならば米国Google,Inc.を相手に裁判をしなければなりませんが、私も当時は米国法人と裁判をするなどという意識はありませんでした。そして、これは多くの弁護士にとっても同様であったようです。今回の東京地裁のケースを担当された神田弁護士のブログにも、過去にGoogle日本法人相手に裁判を提起した際の記事があります。
しかし、インターネット法分野で専門的に活動する弁護士は、ここ最近で急速にサイトを管理する外国法人と裁判を行うためのノウハウを蓄積してきました。
現在では、外国法人相手に裁判を提起することは、インターネット法分野の最前線で活動する弁護士にとって、特別な事ではなくなりました。当事務所でも、Facebook、Google、Twitte、FC2・・・と外国法人相手の裁判を頻繁に手掛けるようになっています。
平成21年に2ちゃんねるがシンガポール法人に譲渡され、2ちゃんねる案件の解決には外国法人との裁判が必要になったことが、国際裁判管轄など外国法人と裁判を行うための規定について注目する大きなきっかけとなりました。
そして、2ちゃんねる裁判を経て、外国法人との裁判に心理的障害がなくなったこと、平成22年には民事訴訟法が改正され国際的な裁判を提起しやすくなったことを受け、日本初の事例が報道されたものだけでも以下のように積み上げられてきました。
[aside type=”normal”]報道された事例
[/aside]
報道されていないケースも含めれば、非常に多くの外国のウェブサイト管理法人相手の事件が日本の裁判所で行われるようになっています。
満を持して米国Google,Inc.との裁判
このような外国法人との裁判の事例の積み上げを経て、遂に検索エンジンの管理権限を有する米国Google,Inc.に対して仮処分命令が発令されるに至ったのです。
3年前の私自身の経験もあり、今回の東京地裁決定には近時のインターネット法分野の進歩が象徴されているようで、胸が熱くなります。
一つの到達点から通過点へ
以上、見てきました通り、今回の東京地裁平成26年10月9日決定は、近時のインターネット法務に関するノウハウの蓄積、進歩を象徴する一つの到達点と言えます。
もっとも、今回の仮処分決定では解決されない課題もあります。
今回のケースでは、検索結果上に表示されるページタイトルやスニペット(抜粋)部分に、実名とともにネガティブな内容が記載されていることから削除が認められたものの、他方で、実名の表示がない記事についてはリンク先を読めば容易に実名の記載を見つけられるにもかかわらず削除が認められませんでした。
一方で、リンクによる名誉毀損を肯定した裁判例もあり、今回の東京地裁仮処分決定の考え方に組み合わせることで、このように検索結果上では実名表記は抜き出されてはいないものについても対処できる可能性があります。
また、例えば無関係の事件や事故に関するニュースのページなどが自分の実名で検索を行った際に上位に表示されてしまい、検索結果上ではあたかも自分が事件を起こしたかのような印象になってしまった場合なども検索エンジンへの削除請求が認められてよいケースもあるのではないでしょうか。
インターネットの普及に伴い、新しい類型の人権侵害も発生しています。インターネットが社会のインフラとして適切に機能するためには、権利侵害が発生した際にこれを是正するための手段も同時に確立されなくてはなりません。 今回の東京地裁仮処分決定を一つのきっかけとして、インターネットが社会の基盤としてより前進することを期待します。