平成26年10月9日に東京地方裁判所が、Googleに対して検索結果の削除を命じる仮処分決定を発令しました。海外メディアでも取り上げられるほどの大きなニュースとなっています。
日本初の検索エンジンに対する削除命令
個々のウェブサイトではなく、検索結果自体の削除を裁判所が命じたのは日本初の事例です。
もっとも、検索エンジン運営者に対して検索結果の削除を求める裁判自体は、これまで何件も提起されており、この種の問題が裁判という土俵に上がったこと自体には実は目新しさはありません。先月、先々月と京都地裁でヤフー、Googleに対して検索結果の削除を求めた訴訟で敗訴判決(検索結果の削除を認めない判決)が言い渡されたことがニュースにもなりました。
検索エンジン裁判については、私のところにもメディアの方から取材があり、社会的な関心の高さを感じております。
今回の東京地裁のケースは、これまでの多くの敗訴事例を乗り越え、ついに検索エンジン運営者、しかも外国法人であるGoogle,Inc.に対して削除命令が発令されたという非常に画期的な事例といえます。
もっとも、過去の歴史を踏まえて今回の決定を解説しているメディアは見当たらず、この決定の意義について十分に報道されているとは言えない状況です。
そこで、これまでの事例などについても触れつつ、今回の決定の意義について解説したいと思います。
過去の裁判事例-東京地方裁判所平成22年2月18日判決
検索エンジンに対し検索結果の削除を求めた事例について、判例集にも掲載されている著名なものとして東京地方裁判所平成22年2月18日判決があります。
これはYahoo!検索に関する事案ですが、東京地裁は以下のように述べて結論としては検索エンジンの削除義務を否定しました。
本件検索サービスの検索結果として一覧形式で表示されるもののなかに含まれる本件各ウェブページの表示は,被告自身の意思内容を表示したものではないし,標題はもちろん,本件各ウェブページの内容から抜粋されて表示される部分についても,それ自体が原告の人格権等を侵害するものであるとまで認めることはできない。なお,本件検索サービスの検索結果の表示として,本件ウェブページ2から抜粋された「X1は性犯罪者!消えろ死ね」という内容が表示されることもあるようであるが,その分量や,この表示を見た利用者の受け取り方等を忖度すると,上記の表示自体が原告に対する不法行為を構成するとまで認めることはできない。
『被告自身の意思内容を表示したものではない』、『不法行為を構成するとまで認めることはできない』という部分には、検索エンジンに対する削除裁判における従来の議論が特徴的に現れています。この判決では、検索エンジンに削除義務を認めるべきか否かの基準を、検索エンジン自体が悪いことをしているか否か(言い換えれば検索エンジンに対して損害賠償請求ができるか)に求めていたのです。
そして、同判決は一般論として検索エンジンが削除義務を負う場合について以下のように述べました。
法的な請求として,検索サービスの運営者に対して検索サービスの検索結果から当該ウェブページを削除することを求めることができるのは,当該ウェブページ自体からその違法性が明らかであり,かつ,ウェブページの全体か,少なくとも大部分が違法性を有しているという場合に,申し出等を受けることにより,検索サービスの運営者がその違法性を認識することができたにもかかわらず,これを放置しているような場合に限られるものと解するのが相当である。
やはり、検索エンジン自体に問題がある場合に限られるという判示です。
先日報道された京都地判平成26年8月7日判決(Yahoo!検索の削除請求)においても、削除義務の前提として、もっぱら不法行為の成立を検討しており、この【検索エンジンが悪いことをしているなら削除義務を認める】という考え方が引き継がれていることが見て取れます。
悪いことをしていなくても、削除義務は認められるはず
しかし、です。
一般的なウェブサイトについての削除裁判では、ウェブサイト管理者側が悪いことをしているか否かや、記事作成方法に関する事情は無関係です。
たとえば、ブログのコメント欄にブログ管理者とは無関係な第三者が名誉棄損的コメントを投稿してしまった場合で説明しましょう。
コメントによってよって名誉を傷つけられた方が、ブログ管理者に対してコメント削除の裁判を提起したとき、削除を認めるか否かの審理は、あくまでそのコメントの記載内容が名誉を侵害しているかを対象に行われます。ブログ管理者の側が、「コメントは第三者が勝手に投稿したもので、自分は内容を一切見ていない、知らない」と主張したとしても、削除を認めるか否かには全くの無関係なのです。ただし、管理者がコメントを見ていないということは、管理者に対する損害賠償請求を否定する理由にはなります。削除義務の発生要件と、損害賠償責任の発生要件は、本来全く別個のものなのです。
なぜ、検索エンジンについてだけは、この当たり前の理屈ではなく、検索エンジン自体の悪質性や不法行為該当性が求められてきたのでしょうか。
これは、原告側(削除を求める側)の攻め方、請求内容の影響もありますが、検索エンジン側が繰り返し主張する「検索エンジンシステムの公益性」と「自動的かつ機械的にサイトを収集しているだけで検索エンジンは内容に関知しない」という主張(検索エンジンは悪くないし、便利だ!という主張)に、裁判官が過度に引っ張られてしまった結果のようにも思えます。確かに検索エンジンは非常に便利で公益性の高いもので記事を機械的に収集しているにすぎません。よって仮に検索結果に権利を侵害するような情報が記載されていたとしても、検索エンジンが損害賠償義務を負うというケースは極めて限定的(ほとんどありえない)でしょう。しかし、繰り返しですが、削除すべきか否かは本来はこれとは全く別の議論なのです。
ここまで取り上げた2件の裁判では、いずれも検索エンジンに対して削除を求めるとともに、損害賠償も請求していました。この損害賠償請求に対する反論としては、上記の検索エンジン側の主張は非常に強力です。そのため、本来別々であるはずの削除義務に関する議論と損害賠償に関するする議論が混線し、【検索エンジンが悪いことをしているなら削除義務を認める】などという検索エンジンだけを特別扱いした不当な結論が導かれてしまったと分析できます。
検索エンジンにも当たり前の理屈を適用した
今回発令された東京地裁平成26年10月9日決定では、Google側の主張を排斥しつつ以下のように述べ、上記の削除請求における当たり前の理屈を検索エンジンにも適用しました。
今日においてインターネット検索サービスの利用は,インターネットを効率的に利用する上で,きわめて重要な役割を果たしていることは公知の事実である。しかし,本件投稿記事中,主文第1項に列挙したものは,タイトル及びスニペットそれ自体から債権者の人格権を侵害していることが明らかである 【・・・中略・・・】,他者の人格権を害していることが明白な記載を含むウェブサイトを検索できることが本件サイトを利用する者の正当な利益ともいい難い。【・・・中略・・・】記事の個々のタイトル及びスニペットそれ自体から債権者の人格権を侵害していることが認められるのであるから,本件サイトを管理する債務者に削除義務が発生するのは当然である。
EU司法裁判所『忘れられる権利』判決の示唆
今回、裁判所が従来の議論に立ち入らず、当たり前の理屈が『本件サイトを管理する債務者に削除義務が発生するのは当然』と毅然として適用された背景として、今年5月13日にEU司法裁判所が下した『忘れられる権利』判決の影響が見て取れます。
EU判決は「controller」という表現を用いて、サイトを管理している者(controller)は、自身が管理するサイトに存在する違法な情報を削除しなければならないとしました。そして、検索エンジン運営者であるGoogleも検索エンジンというサイトの「controller」には変わらないのであるから、違法な情報を検索結果から削除せよ、と命じたのです。
このEU判決の理屈は、今回の東京地裁決定の考え方と同じものです。
今回の東京地裁のケースにおいて、EU判決が当事者の主張の中で援用されたと報道されています。<Google=サイト管理者>という当たり前の前提を裁判所にも認めさせる大きなポイントとなったことは間違いありません。