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【2021.8以降】2ちゃんねる削除開示仮処分の最新運用

  • 執筆者:弁護士中澤 佑一

特別代理人の選任が必要

代表者が消えた?

2ちゃんねる(2ch.sc)に掲載された投稿の削除や発信者情報開示については、シンガポール法人PACKET MONSTER INC. PTE. LTD.(パケットモンスター)を相手に仮処分申し立て裁判所の決定を得て2ちゃんねる掲示板上で任意の履行を求める方式が2009年以降定着していました。

パケットモンスター社は実体のないペーパーカンパニーですが、2ちゃんねる案件の裁判の相手方として長らく機能してきた形です。

ところが、2021年4月になりシンガポールの官庁が発行するパケットモンスター社の登録情報から、代表者の記載がなくなり代表者不在の企業となってしましました。シンガポールにおいても企業の代表者や役員は登録が義務であり公開事項でもありますが、代表者がその資格を喪失したことにより不在の状態になってしまったようです。

仮処分と同時に特別代理人の選任申立てを行う

我が国の制度では代表者が存在しない法人に対して裁判を提起することはできません。そこで、パケットモンスター社相手に仮処分を申し立てるためには、特別代理人の選任を行うことになります。

特別代理人選任を申し立てるにあたっては、特別代理人の報酬の予納が必要です。

現在のところ予納金は5万円となっています。なお、この5万円というのは最低額ともいえる金額のため、今後の運用次第では増額になる可能性があります。

特別代理人は弁護士会が用意している名簿を元に申し立てから数日で機械的に選任されています。

従前からの運用変更点

無審尋ではなくなる

従前のパケットモンスター社に対する仮処分はペーパーカンパニーということや2ちゃんねるの実質的運営者が裁判所に出頭しなかったという歴史的経緯により、例外的に無審尋による発令が認められてきました。
しかし、特別代理人の選任がなされる場合には、原則に戻り双方審尋期日を実施することになります。

送達は?担保の取戻は?

特別代理人が選任されるとパケットモンスター社に対する送達は特別代理人に対して行われることになります。申立書副本の直送や、審尋期日に呼び出しも特別代理人宛てです。

さて、従前は仮処分決定が発令されたとしても運用ではパケットモンスター社に対しては送達を遅らせておき、その間に2ちゃんねるの掲示板上でで任意の履行を求め、履行された場合には仮処分申し立てを取り下げるという運用が行われていました。通称「送達遅らせ上申書」を裁判所に提出する方式です。

特別代理人方式となって以降も、債権者側としてはできれば送達はしたくないところです。
送達を行わないことで担保の回収において簡易の取戻の利用が可能となりコスト面で非常にメリットがあります。

仮処分の発令のために供託する担保金の回収は、決定正本の送達前であれば簡易の取戻として債権者側だけの作業で可能です。しかし、決定正本が債務者に送達されてしまうと、簡易の取戻は使えず、担保取消の申し立てが必要となります。担保取り消しを行うには債務者に対する送達がまた必要となるため、さらに特別代理人選任が必要となってしまい、また5万円の予納をしなければなりません。

しかし、送達を遅らせてよいかは特別代理人が判断する事項ですので、特別代理人に了承していただくことが前提になります。
債権者側としては双方審尋期日などで従前の運用や事情を説明して理解を求めることが重要です。

発令後の流れ

発令後の流れは従前と変わりません。
債権者側で決定正本を受領したらPDFファイルを2ちゃんねるの掲示板上で提示して履行を求めてゆきます。

特別代理人による決定についても、2ちゃんねるの運営側はこれまでと同じく問題なく応じていることが確認されています。

代表者抹消に至る経緯

ここに至る経緯も把握していた方が特別代理人や裁判所との話もスムーズかと思いますので、参考までに整理しておきます。

パケットモンスター社の代表取締役は、ここ数年EFFENDY AHAMED HARITH MERICANという人物が就任しており有効に登録されていました。

ところが、2018年より日本の商業登記簿に当たる「Business Profile」の記載では、代表取締役の氏名の下に「DQ-The above person has been disqualified from acting as a director of this company from 03/09/2018」との注記がなされるようになりました。シンガポール会社法では企業の役員に就任することができない一定の事由(例えばシンガポール国内に居住していないなど)が定められていますが、このDQの表記はその役員に就任することができる資格を喪失していることを意味します。

DQ が併記されるようになった2018年に、日本の裁判所(特に東京地裁保全部)では、パケットモンスター社相手の裁判をどのようにすべきかについて問題となりましたが、結論としては一応形式的には代表取締役としての登録がなされていることを重視し、裁判上は有効な代表者として扱い、裁判の追行を認めていました。

このように裁判所も何とか騙し騙しやってきたところで、前述のようについにDQ(disqualified)という段階ではなく、パケットモンスター社の代表者の登録自体が抹消されるに至っています。

形式的にも代表者および役員の登録が全くなされていない状況では、従前のような理屈での裁判追行を認めることはできず、日本法で言うところの権利義務取締役のような制度はないのかなど裁判所および申立人側でも検討をしたものの、有効な手立てはついに見つからず、2021年8月からは特別代理人で裁判を追行するしかないと落ち着いた形です。

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