風評被害対策

名誉毀損ツイートをリツイートすることは違法なの?

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  • 執筆者:弁護士中澤 佑一
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ジャーナリストの伊藤詩織氏がTwitterで誹謗中傷を受けたと訴えた裁判の判決2021年11月30日に東京地裁でありました。
この裁判では、リツイートを行っただけの者が不法行為責任を負うのかという点も争点になっており、Twitterのリツイートに関しても裁判所の判断が示されています。
リツイートの法的責任については未だ固まった判例がなく注目された判決だったため、私のところにも判決を受けてメディアの取材がありました。
取材の際には分量の関係で言い尽くせなかったこれまでの裁判例を踏まえた実務の流れなどを本記事で解説したいと思います。

東京地裁令和3年11月30日判決の内容

東京地方裁判所令和3年11月30日判決では、元ツイートが名誉毀損に当たるという認定をしたうえで、これをリツイートする行為の法的責任について次のように述べています。

【東京地方裁判所令和3年11月30日判決】
ツィッターにおいて,投稿者がリツイート(他者のツィッター上の投稿(元ツイート)を引用する形式で投稿すること)の形式で投稿する場合,当該投稿者が,他者の元ツイートの内容を批判する目的等でリツイートするのであれば,何らのコメントも付加しないことは考え難く,当該投稿者の立場が元ツイートの投稿者とは異なることなどを明らかにするべく,当該元ツイートに対する批判的ないし中立的なコメントを付すことが通常であると考えられる。
そうすると,ツィッターが, 1 4 0文字という字数制限があり,その利用者において,簡易・簡略な表現によって気軽に投稿することが想定されるSNSであること(弁論の全趣旨)を考慮しても,コメントの付されていないリツイートは,ツィッターを利用する一般の閲読者の普通の注意と読み方を基準とすれば,例えば,前後のツイートの内容から投稿者が当該リツイートをした意図が読み取れる場合など,一般の閲読者をして投稿者が当該リツィートをした意図が理解できるような特段の事情の認められない限り,リツィートの投稿者において,当該元ツイートの内容に賛同する意思を示して行う表現行為と解するのが相当であるというべきである。

リツイートは原則として元ツイートへの賛同であるとする規範を定立したと考えられます。
このリツイート=賛同という見解は、元大阪府知事の橋下徹氏がジャーナリストの岩上安身氏を訴えた大阪地裁令和元年9月12日判決が「何もコメントをつけないで元ツイートをそのまま引用することは考え難く、投稿者の立場が元ツイートの投稿者とは異なることなどを明らかにするべく、当該元ツイートに対する批判的ないし中立的なコメントを付すことが通常である」「リツイートの投稿者が、自身のフォロワーに対し、当該元ツイートの内容に賛同する意思を示して行う表現行為と解するのが相当」と判断しており、これとほぼ同様と考えることができます。
結論として、リツイート者が元ツイート者と同じく責任を負うというのは近時の裁判例の傾向と合致する判断です。
弊所で担当した事例を見ても、リツイート者については、前後のツイート等で逆方向のなにかしらがないかぎりは違法性は認めらるのが実務の流れになっています。

リツイート=賛同なのか?

大阪地裁の賛同説は高裁で否定

しかし、前記大阪地裁が示したリツイート=賛同と考える説を採用する大阪地裁判決に対しては、Twitterユーザーからも違和感を指摘する声が多数上がっていました。
私の個人的な意見としてもリツイートが必ずしも賛同の意思を示すものとは思えず、明確な批判や反論の対象として明示する以外にも、話題や視点の提示として行うこともあるのではないかという印象があります。
何より、『賛同』するという明確な意思をもってリツイートする場合は少ないのではないでしょうか。否定も肯定もしないニュートラルスタンスでリツイートが行われることも多いはずです。
このようにTwitterユーザー内ではリツイート=賛同説には否定的な見解が多かったと思われます。

そして、このリツイート=賛同説を唱えた大阪地裁令和元年9月12日判決に対しては控訴がなされ、控訴審である大阪高裁令和 2年 6月23日判決では次の通り賛同説は否定され、新たな判断枠組みが示されました。

【大阪高裁令和 2年 6月23日判決】
単純リツイートに係る投稿行為は,一般閲読者の普通の注意と読み方を基準とすれば,元ツイートに係る投稿内容に上記の元ツイート主のアカウント等の表示及びリツイート主がリツイートしたことを表す表示が加わることによって,当該投稿に係る表現の意味内容が変容したと解釈される特段の事情がある場合を除いて,元ツイートに係る投稿の表現内容をそのままの形でリツイート主のフォロワーのツイッター画面のタイムラインに表示させて閲読可能な状態に置く行為に他ならないというべきである。そうであるとすれば,元ツイートの表現の意味内容が一般閲読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すれば他人の社会的評価を低下させるものであると判断される場合,リツイート主がその投稿によって元ツイートの表現内容を自身のアカウントのフォロワーの閲読可能な状態に置くということを認識している限り,違法性阻却事由又は責任阻却事由が認められる場合を除き,当該投稿を行った経緯,意図,目的,動機等のいかんを問わず,当該投稿について不法行為責任を負うものというべきである。

すなわちリツイート=賛同という大阪地裁判決は否定されたのです。

賛同していなければ違法ではないのか?

このように、大阪高裁で改められた賛同説をいまさら東京地方裁判所令和3年11月30日判決が持ち出してきたことには裁判実務家として違和感があります。また賛同説はTwitterユーザーの実感から乖離しているうえ、何より被害者救済という視点でも不当なのではないかと思います。

弊所ではネット上で被害を受けた方からの依頼を多く受けて対応していますが、被害者の方々が問題視するのは「賛同」という話ではなく、単純に自らの権利を侵害するツイートが多くの人に向けて拡散されているという客観的状況です。
もちろん元ツイートに対して賛同して積極的に攻撃する人は大きな問題ですが、そのようなレベルまでいかず、深い考えもなくリツイートし被害を拡大させる多数の”無自覚な加害者”こそが深刻な被害を引き起こしているのです。
賛同説を採用する二つの判決(前掲 東京地方裁判所令和3年11月30日判決と大阪地裁令和元年9月12日判決)には「中立的なコメント」を付していれば免責されるかのような記載もあります。
しかし、賛同しない中立的な立場であっても名誉毀損表現を拡散する行為は、被害を拡大させるのではないでしょうか。賛同していなければ無答責とは言えないでしょう。
この意味で、被害者の視点からすればリツイート=賛同基準に対しては、「賛同」していなければ違法性はないのか?という批判が当然ありうるところだろうと思われます。

権利侵害の実態に即した判断が望ましい

ここまで述べたように私は「リツイート=賛同」だとは考えませんし、リツイートをこのように考えてリツイートの違法性を考えることに対しても被害者救済を狭めるという観点から反対です。
被害者が被る権利侵害の実態に即して考えれば、やはり大阪高裁令和2年6月23日判決の考え方が親和的で妥当性があると考えています。

リツイートというのは良くも悪くも元ツイートの影響力を増幅する行為であるという前提に立ち、「表現の意味内容が変容」した状態で拡散させるものなのか、そのまま元ツイートの影響力を増幅させたに過ぎないのを考えるのが実態に即しているといえるでしょう。

東京地方裁判所令和3年11月30日判決の分析

ところで、なぜ東京地方裁判所令和3年11月30日判決が、すでに否定されたリツイート=賛同説を採用したのでしょうか?
この判決ではリツイート=賛同であるという原則の規範を定立し、その後で、賛同的ではないとする例外的な事由があるかどうかを他のツイートからも検討するという枠組みを取っています。
そして、リツイート者が原告に対して批判的な人物であることを他のツイート等から認定したうえで、やはり例外的に賛同ではないとする事由もないから、原則に戻り元ツイートに賛同してリツイート行為を行ったと認定しているようです。

確かに、東京地方裁判所令和3年11月30日判決が認定した事実を前提にすれば、リツイート者が元ツイートに賛同したと認定することは可能でしょう。
この賛同認定が可能という事実から逆にリツイート=賛同説を採用したとも思えます。
裁判所もこの事案における被告の不当性、いわば権利救済のためのリップサービスとしてリツイート=賛同説を取ったのかもしれません。

しかし、これは個別事案の解決というミクロ視点で裁判所がやりがちな迷惑行為の典型例ではないでしょうか。
裁判例が後の規範として作用することをもう少し考えていただきたいところです。

たしかに、この事案では原告は救われますが、他の事案に展開したときにこの規範では救われない被害者が発生します。
さらに言えば、そもそもリツイート=賛同という考えは高裁で否定されているのです。
先行する大阪高裁の判決があることを認識して、賛同の有無にかかわらずどうなるのかについての判断を示すのが今回の裁判所に期待されていた仕事でした。
その意味で東京地方裁判所令和3年11月30日判決に対しては「逃げた」という印象しかありません。
そして、個別事案の解決という観点からも前記の大阪高裁判決と相反する基準でありつつもその規範に対するコメントも一切ないことから、控訴されれば控訴審において整理される可能性もあります。
結論としては正しいと考えるものの理由付けは不当・不十分と言わざるを得ません。

なお、本記事の主題の枠外ですが「賛同」の意思とまで認定しておきながら慰謝料10万円と言うのは被害者の心情を正しく理解しているか疑問ではありまます。
賠償額が少なすぎるのではないでしょうか。
「賛同」したという悪質性を指摘するであれば、慰謝料算定の際にも考慮すべきですが、なんらこの点について言及せず、「原告の社会的評価に与える影響が決して小さいものではないこと,その他本件にあらわれた一切の事情を考慮する」とだけ述べて慰謝料10万円と認定しています。
訴訟当事者という生身の人間に対して真に向き合った判決なのかは批判的に問われるべきです。

まとめ:リツイートの責任について

リツイートに関するこれまでの裁判例についてはご紹介した以外にも多数あります。
平成26年12月24日の東京地裁が「ツイートをそのまま自身のツイッターに掲載する点で、自身の発言と同様に扱われるものであり、リツイートした人の発言行為とみるべき」と述べたのはが代表的ですが、基本的に例外的な特段の事情が認められない限りは、元ツイートと同様にリツイート者も責任を負うという判断がされています。
これは損害賠償よりも立証責任が発信者側に有利な発信者情報開示の局面においても同様です。

つまり、リツイートに関しては元ツイートが仮に違法であると認定された場合、リツイート者の側で”元ツイート者とは違う”、”リツイートの内容は事実ではないとして私は発信したのだ”ということを立証できなければ違法性を問われるというのが現在の実務の趨勢と言えます。

今回の東京地方裁判所令和3年11月30日判決においても、安易なリツイートに対して裁判所が厳しい姿勢を示したことは変わりません。
リツイートはワンタップで可能な気軽な行為ですが、その法的責任は非常に重いという前提を理解することが次世代のリテラシーとして求められています。

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