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【裁判例紹介】裁判資料の公開と著作権法

  • 執筆者:弁護士中澤 佑一

裁判戦略においては、単に判決上の勝訴敗訴だけではなく、広報・レピュテーション的な観点も無視できず、SNSの普及に伴い年々その重要性を増していると思います。
ただし、裁判の内容をどこまで外部に公表するか、公表してよいのかについては難しい問題です。

この観点で注意しなければならない裁判例(東京地方裁判所令和3年7月16日判決)として、陳述前の訴状を公表したことにつき慰謝料の支払いが命じられた事例が裁判所のウェブサイトにて公表されました。

ある裁判で訴えられた方が、自分に届いた訴状をインターネットで公開したところ、著作権等を侵害するとして別途損害賠償請求を受けたという事案です。

今後の裁判広報を考える参考としてご紹介いたします。

事案の概要

事実関係・訴訟までの経過など

あるブログの記述について、自身の名誉を毀損しているとしてブログ執筆者に対して訴訟を提起した方(裁判所の判決文ではBさん)がいました。
ブログ執筆者も、ブログ執筆者に対して訴訟を提起した方も、インターネット上で知名度のある人物であり、また紛争に対してインターネット上の関心が高かったことから、訴えられてしまったブログ執筆者は、裁判期日が始まる前に自身に送達された訴状の一部(ただし大部分)をクラウドストレージで公開し、訴状がアップされているクラウドストレージへのリンクを張りつつブログにて訴訟を提起されたことを公表しました。

これに対して、Bさんを代理して訴訟提起をした弁護士が、自身が作成した訴状の著作権と著作者人格権を侵害するとして、ブログ執筆者を訴えたのが本件です。

注目すべき主な争点

  • 訴状を公開したことは著作権・著作者人格権の侵害になるか、特に著作権法40条1項との関係
  • 権利を侵害するとした場合の損害の有無および額

裁判所の判断

著作権等の侵害について

前提

訴状にも作成者の著作権がありますので、勝手にインターネット上に公表したりするのは原則違法になります。
しかし、訴状を含む裁判手続きの文書については、著作権法40条1項の場合には自由利用(著作権を侵害しない、インターネット上に公表してもよい)が認められています。

(政治上の演説等の利用)
第四十条 公開して行われた政治上の演説又は陳述及び裁判手続(行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む。第四十二条第一項において同じ。)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。

ポイントは「公開の陳述」という点で、単に訴訟の相手方や裁判所に送付するだけではなく、実際に法廷でその内容を陳述することが自由利用の要件になっています。
本件の裁判例では、訴状が被告の下に送達されたものの、まだ裁判が始まっていない段階、つまり「公開の陳述」の前の段階で、インターネット上に公表されています。よって、直接的にはこの著作権法40条1項は適用にならず原則に戻り著作権侵害に見えます。

しかし・・・いずれにしてもそう遠くない将来に裁判期日で公開の陳述がなされるわけですし、訴えた側もそれを前提に訴状を提出しているのですから、実質的に著作権法40条1項と同じ利益状況ではないか、形式的には条文に当てはまらないにしてもそれに準じて考えるべき(法学上は「類推適用」といいます)ではないか、もしくは実際に公開の法廷で陳述された段階で違法性が治癒されたはずだと被告は裁判で主張しました。

裁判所の判決ではどうなったか?

裁判所は次のように述べ被告の主張をいずれも排斥し、自由利用は認められないとしました。

裁判手続における公開の陳述については,裁判の公開の要請を実質的に担保するためにその自由利用を認めることにしたものと解すべきであり,かかる趣旨に照らすと,公開の法廷において陳述されていない訴状についてまでその自由利用を認めるべき理由はない。

公開の法廷で陳述されることにより,それ以降の自由利用が可能となるとしても,それ以前に行われた侵害行為が遡及的に治癒され,原告の受けた損害が消失すると解すべき理由はない。

損害の有無、額について

被告はその他にも著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)も主張していましたがこちらも裁判所は退け、結論として著作権(公衆送信権)、著作者人格権(公表権)の侵害を認めています。
そのうえで、権利侵害に対する損害について、次のように述べて慰謝料2万円を認めました。なお、この訴訟で原告は財産的損害は請求せず、慰謝料のみを請求しています。

公衆送信権の侵害は,財産権の侵害であるから,特段の事情がない限り,その侵害を理由として慰謝料を請求することはできないところ,本件において,同権利の侵害について慰謝料を認めるべき特段の事情があるとは認められない。

公表権侵害による慰謝料請求に関し,前提事実及び証拠(甲17~40)によれば,原告は,別件訴状の公表により,別件訴状の陳述以前の段階から,別件訴状を閲覧した者から「訴状理由が酷すぎてわろた」(甲27)などの批判等を受けるなどして,精神的苦痛を受けたものと認められる。(中略)本件に現れた一切の事情を考慮すると,別件訴状の公表権侵害に対する慰謝料は2万円と認めるのが相当である。

判決内容についての私見

権利侵害・著作権法40条の適用

著作権の趣旨や性質を考えると、40条のような権利制限規定はむやみに広げるべきではないとの考えも理解できます。学説上も公開前の陳述には40条1項は類推適用されないという見解が有力のようです。
また、瑕疵が治癒されるかについても、違法性判断枠内では一度違法となった以上、瑕疵が治癒されるというのも難しいと思われ、裁判所の判断は理解できます。

結論としては著作権法の条文がこのようになっている以上、若干のすわりの悪さを感じつつも権利侵害を肯定せざるを得ないといったところでしょうか。
個人的には、民事上の著作権侵害事案について裁判所は条文には適合的だがなんとなくすわりが悪く引っかかる判断をしがちな印象もあります(参考:リツイート著作者人格権侵害事件)。

損害認定はこれでいいのか?

裁判所は、訴状の内容について批判を受け精神的苦痛が生じたことを損害として認定しています。
しかし、このようなものを損害と認めることは不当ではないでしょうか。

問題は2点あります。
まず第一に法律上の因果関係(相当因果関係)が認められないのではないかという疑問です。
被告の訴状公開がきっかけになったのは確かですが、訴状に対して批判を行ったのはこの訴訟の被告ではなく、訴状を閲覧したインターネットユーザーです。これについてまで被告に責任を負わせるのは不当です。

インターネット上の名誉毀損事案でも、ある書き込みに対して付和雷同したり触発されたりして他のユーザーによる投稿がなされることがありますが、当然ながら個々の投稿ごとにその責任が判断され、他の人の投稿まで全体的に責任を負わせるということは原則ありません(誘発したり教唆したりしたら別ですが)。

損害賠償においては、単に関係があるといった因果関係だけではなく、相当な因果関係、行為者に賠償責任を負わせるのが相当と考えられる因果関係が必要になります。
本件で本当にこのような相当因果関係を肯定できるのか、甚だ疑問です。

第二に、そもそも「訴状理由が酷すぎてわろた」という批判は抽象的に感想を述べたにすぎず違法ではないはずだという点です。
これは許される意見論評の範囲内というべきであり、単独でこの批判が違法性を帯びることはないと思われます。この批判を行ったネットユーザーに対して損害賠償請求等をしても認められないでしょう。

そもそも、表現や批判は自由になされるべきであり、批判を受けた精神的苦痛などというものは、名誉毀損や侮辱といった表現が違法性を帯びる場合を除き、損害賠償の対象として認めるべきではありません。
苦痛を受けたから損害賠償が認められるのではなく、その批判の内容に違法性があったために損害賠償の対象になるのです。

本件で裁判所は公表権侵害の違法性を認めていますが、この公表の違法によって、通常許される言説(甘受しなければならない批判)による精神的苦痛が損害賠償の対象となることについて説得的な理由を述べていません。
単に、違法行為があった、精神的苦痛があった、よって慰謝料2万円としか言っていません。質的な断絶がありますので慰謝料を認めるならば説明は必要と思われます。

なお、結論として慰謝料を認めるにしても、公表されることで訴訟業務に支障が出て苦痛を受けたなどのもっと納得感のある理由付けはできなかったのでしょうか。この点も疑問です。

前述の因果関係上の疑問も相まって違和感が残る、腹落ちのしない判決と言わざるを得ません。
法的に保護する損害なし、もしくは原告に生じた損害との相当因果関係なしとして公表は著作権法的には違法だが賠償請求は棄却とすべきだったと考えます。

まとめ

そもそも裁判所という組織は裁判についてあまり公にしたくない、特にインターネットでは公表されたくないという考えが未だに強いと思います。
この意味で、裁判途中の事件についてインターネット上で公表することで違法性を問われたり、もともとの訴訟での裁判所の印象が悪くなるリスクはあります。慎重に判断するべきです。

ただ、広報のアドバイスなどを行っていて感じますが、迅速性、即応性が求められる状況下において訴訟のスピードの遅さは致命的に足を引っ張ってきます。
訴訟の決着を待っていてはレピュテーション的な損害が拡大しすぎるため、訴訟中に早急に広報を行わなければならない場合も当然あります。

訴訟、裁判に関する情報公開、広報を行う際には状況に応じてリスクが少なく目的を達成できる方法を検討してゆくことが重要です。

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