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ネット時代の危機管理~日弁連総会委任状問題を題材に

  • 執筆者:弁護士中澤 佑一

本日3月3日、日本弁護士連合会の臨時総会が開催されました。
私は普段このような弁護士会の行事にはあまり参加していませんが、今回は大きな対立議案もあったため総会に出席してきました。

今回の総会は、見舞金制度の創設が大きなテーマでありましたが、その横で当日発覚した「委任状の変造」問題が議場・ネット上で大きな話題となり議事進行へ影響する事態となりました。

今回のブログにおいては、危機管理広報の視点からこの「委任状変造」問題への日弁連執行部の対応について検討したいと思います。

日本最高峰の総会屋対策をもってしても

総会屋対策などを含む株主総会運営は弁護士の業務分野の一つであり、日弁連の総会運営はある意味で日本最高峰の議事進行スキルにより運営される総会であります。
しかし、反対派出席者もその道のエキスパートが集うため、冗談交じりで「総会屋vs総会屋」「出席者全員総会屋」などと言われており、なかなかスムーズな進行とならないことも多くあるようです。
それでも、今回の臨時総会では議事進行が致命的に滞ることもなく執行部提案の議案はすべて可決されており、執行部側の総会運営スキルがいかんなく発揮されたと言えるでしょう。

もっとも、危機管理広報の分野としてみた場合、今回の臨時総会での執行部側の対応は失敗と言ってよいレベルものであり、特にネット時代の危機管理広報を考えるために非常に良い題材ではないかと感じました。
そこで、実際に総会に参加した危機管理広報を手掛ける弁護士の立場から、ネット時代の危機管理広報の難しさについて述べたいと思います。

ネット時代の危機管理広報の難しさ

従来、危機管理の分野では、マスメディアのコントロールが主たるテーマとされており、基本的には取材対応や記者会見での対応がメインとされてきました。しかし、インターネットの普及により、誰もが自由に全世界向けに情報発信が可能となり、近年の事例では、発端としてネット上での話題(炎上)⇒それをマスメディアが取り上げるという流れができつつあります。

このようなネット時代においては、従来のマスメディアコントロールとは異なる危機管理広報が求められているといえます。
私は、ネット時代の危機管理広報を考えるうえで、従来メディアとの一番の大きな差異は、”リアルタイム性”にあると考えています。

従来、何らかの不祥事が発覚したとしても、それが発覚して問題視されるまでの時間でメディア対応の準備をすることは可能でした。
しかし、今日においては、スマートフォンからSNSに投稿するなど、リアルタイムでの実況中継を誰もが行うことができます。
今回の日弁連の総会でも、議場において委任状変造の問題が発言される前にすでにTwitter上では問題の指摘がなされ多くの人の関心事となっており、いよいよ議場において問題の指摘がなされた際には、SNS上で多数の”実況中継”がなされる事態となりました。執行部側としては、問題の認識もなく、準備期間が与えられることなくいきなり危機管理広報の最前線に立たせられてしまったわけです。

これは危機管理広報を行ううえで、非常に難しい側面になっていると思われます。

今回の総会の危機管理広報としての改善点

今回の日弁連臨時総会の委任状変造問題をめぐる対応を危機管理広報としてみた場合、大きな視点で2点の改善点(ミス)が指摘できます。

一つは、ネット上でリアルタイムで配信されている情報を生かせなかったことです。
ネット上では、かなり早い段階から、委任状が東京弁護士会会長の訂正印によって書き換えられていることが、実際の委任状の画像付きで告発されていました。
議場でこの委任状変造問題について、変造された委任状について指摘および有効性についての質問がなされた段階で、ネット上の情報を見ていた出席者は委任状が執行部有利に明らかに書き換えられている状況を認識していました。しかし、この質問に対するその時点での執行部側の回答としては、委任された議決権のカウント集計ミス(振り分けミス)というものだったのです。当然、訂正印で押されてる状況を見ている者からすれば、集計ミスということはありえず(委任状の内容そのものが明らかに書き換えられているのですから)、追加質問やヤジが飛び議場は紛糾しました。今回の総会ではマスメディアのカメラも入っていましたのでその模様も記録されることになってしまいました。
執行部側の当初の回答は、明らかに客観的状況に合致しておらず、書き換えられた委任状の画像がネット上に出回っているという状況下においては、悪手と言わざるを得ない対応です。

今回の臨時総会は、弁護士の不祥事に対する信頼回復策をメインとしたものですが、委任状というのは我々弁護士にとって業務の根幹をなす書類であり、依頼者の方からの信頼の基盤となる書面です。これが偽造されているとなれば、信頼回復も何もあったものではありません。
明らかな書き換えの形跡がネット上で公開されている状況下において、振り分けミスなどという信頼されえない答弁を行った執行部の対応は弁護士への信頼を著しく失墜したものであり、危機管理広報の反面教師としなければなりません。

二つ目は、一つ目と絡みますが、そもそもネット上のリアルタイムの状況を確認しようとする意識がなかったことです。
議場ではたびたび、ネット上でも話題になっている旨の発言がありました。
本来この規模の総会(しかも対立議案が多く荒れることが想定済み)であれば、そのような発言の有無にかかわらずネット・マスメディアの状況はチェックしつつ対応をしなければなりません。
しかし、今回の日弁連総会では、そのような発言があったにも関わらず、上記のように全くそれを生かせずその場限りの答弁に終始し、不信感を広げてしましました。
(ネットの状況を認識しつつこの対応であった可能性もありますが、同業者としてこれは考えたくはありません。調べる気がなかったものと信じます。)

ネット上で拡散する状況をモニタリングするという意識・対策・準備が全くなかったことは大きな問題と言えるでしょう。

では、どうすべきだったか?

委任状の問題は、弁護士の職務、総会の有効性にとって極めて重要な問題でした。
結果的に多数決には影響がないからと言って無視できる問題ではありません。

冒頭で紹介した記事によれば、悪意のない単なるミス(それが通るのかは別問題ですが)とのことですので、議場においてそれを説明し、手続きが適正に行われていることを示すというのは必須だったと考えます。

確かに、今回の臨時総会の議事進行はスケジュール、議決結果の点において最高の結果となりました。
しかし、日弁連・弁護士に対する信頼という意味ではどうでしょうか?
ここは、時間をかけてでもしっかり適正手続きの担保をするべきだったのではないかと思います。

実際、委任状を悪意を持って変造したと疑われた東京弁護士会の会長は、総会終了後メディアに対する釈明を行っていますし(総会での説明とは違う内容です)、総会にて問題提起がなされた段階で、仮に議事進行を止めても、しっかりとした対応を行うべきであったと言えるでしょう。

まとめ

実際にリアルタイムのSNS上で変造問題を見つつ議事に参加していた弁護士の立場としては、執行部側の対応はあり得ないものでした。

もっとも、議場においては、ネットを見ていない弁護士が多かったのか、私のような認識を持っている弁護士は少数派であったように感じます。

実際、委任状の確認をするために総会を次回に持ち越すとの動議は否決されています。
正当な倫理観のある弁護士があの書き換えられた委任状を見て、問題なしとするとは思えませんし、少なくとも不祥事対策を話し合っている総会において一般社会からの信頼回復を図るために何をすべきかという議論のさなか、あの問題を無視するほうが有益と考えるほど無能な弁護士が多数派であるとは考えたくはありませんから、ネット上の状況を認識している弁護士は執行部を含め少数だったのでしょう。

しかし、結果としてはこの疑惑が黙殺され議事が進行した結果、冒頭で紹介したようにマスメディアにおいて委任状に関する疑惑が取り上げられる事態になっています。
まったくもって認識が甘かったと言わざるを得ません。

ネット時代の危機管理広報の観点において、今回の日弁連総会からは以下の2点を学んでいただきたいと思います。

1 リアルタイムで変化する情報を常に確認しつつ対応する必要があるということ

2 ネット時代においてはマスメディア対応だけでは不十分であること

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