インターネット上でなされる匿名の情報発信によって被害を受けた場合、相手に対して損害賠償請求等をする前提としてまずは匿名の相手(発信者)の個人特定を行う必要があります。
この発信者の特定のための手続きが、発信者情報開示手続と呼ばれています。
発信者情報開示はプロバイダ責任制限法という法律に基づいて行われますが、同法は情報開示が認められる場合の法律要件と、どのような情報の開示が請求できるかという開示情報の範囲を定めるのみで、具体的なやり方に関しては規定がありません。
どうやらこの法律ができた当時は、どこかに発信者の情報を管理している人がいてその人に情報開示請求をすれば良い!という考え方だったようなのですが、そのようななんでも知ってる人はインターネットの世界にはいませんので、実際には情報開示請求を複数回行いながら発信者が残した通信の痕跡をたどってゆく作業をすることになります。
これだったら簡単なのに・・・実際は全然違うのです・・・
発信者情報開示手続きの流れ(簡略)
実際の発信者情報開示は、まずはサイト管理者に対してIPアドレス等の開示請求を行い、開示されたIPアドレス等から通信に用いられたプロバイダを特定し、二回目の情報開示請求としてAPに対して発信者情報開示請求を行うという二段階の作業で行います。
サイト管理者とは、TwitterなどのSNSプラットフォーマーや電子掲示板の管理者、ブログ運営会社などが当たりますが、彼らは書き込みやコメントを受け付ける際には発信者の氏名等は当然取得せず、通信記録くらいしか情報を保有していません。そこで、まずは通信記録としてIPアドレス等を開示してもらい、その開示された情報をもとに実際に住所や氏名を保有してそうなプロバイダに対して情報開示請求を行うことになります。
なお、プロバイダの側も、自分の顧客がどのような書き込みをしているかについては情報を取得せず把握していません。「通信の秘密」を守るために、そのような行為は禁止されています。
そのため、プロバイダが分かったとしても、この投稿の発信者を教えてくださいと聞くだけでは教えてくれません。発信者がだれかの記録はプロバイダにもないからです。
ではどうするかという話ですが、発信者情報開示の実務では、サイト管理者から開示されたIPアドレスを当該の通信日時に使用していた者はだれかという形でプロバイダに情報開示を請求します。
この形式であればプロバイダ側も単に通信ログ(具体的にはIPアドレスの割り当てログ)を確認するだけで発信者の調査が可能となり、誰がどのような通信を行ったのかの記録がなくても発信者情報開示が可能となります。
発信者情報開示手続きの流れ(詳細)
さて、私(中澤)が弁護士向けの講義や書籍等で発信者情報開示の手続きを説明する際、これまでは上の図のような一本道の簡略化したフローチャートを用いて説明をしてきました。
ステップごとに細かい話、例えば消去禁止仮処分であるとか、仮処分をするのか任意の開示を請求するのかなどの細かい作業や考慮はあるのですが、そのような話を全て抽象化して模式的に表した概念図が上のチャートになります。
発信者情報開示の手続きを始めて学ぶ弁護士は、細かい枝葉にはいったん触れずにまずは幹の部分だけを把握することが理解の近道という狙いで作成したチャートです。
ただ、実際にはもっといろいろなことを検討しながら手続きを進めています。また昨年の総務省令改正によって新たい電話番号を活用した発信者特定のルート(通称:電話番号ルート)も加わりました。
そこで新設された電話番号ルートも加え、詳細版のフローチャートを作成してみました。
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CP:コンテンツプロバイダ(サイト管理者)、AP:アクセスプロバイダ
電話番号を活用した発信者の特定を行う場合(電話番号ルート)、まずはサイト管理者に対して電話番号の消去禁止仮処分を申し立てておくのが重要となります。
これは、電話番号を実際に保有しているかどうかが不明であり、まずはその保有の有無を明らかにするという趣旨と、電話番号を保有しているサイト管理者はTwitterなどの海外事業者が多くなることから、時間を要する海外送達の前に消去禁止をしておくことが必要になるためです。
また、消去禁止をしておけば、通常のIPアドレスのルートからの情報開示でうまくいかなかったとき、開示された情報が不完全だった時などに、電話番号から再トライといったことも可能になります。
なお、電話番号は保全の必要性の関係から、仮処分での開示ができず、本案訴訟を提起する必要があります。
このため訴状の海外送達に非常に時間がかかり、必ずしも早期に発信者が判明するとまでは言えないことは要注意です。
電話番号の開示後は、弁護士会照会を用いて電話番号契約者の情報開示を行います。
各種ガイドラインの改正もあり、電話会社はプロバイダ責任制限法に基づいて情報を取得した電話番号であれば、その契約者の情報を弁護士会照会に応じて提供しています。
弁護士会照会を用いる関係上、残念ながら電話番号ルートは弁護士に依頼せず本人訴訟で進める場合には利用できません。
この点は、来年に予定されている改正プロバイダ責任制限法の施行に合わせて弁護士会照会を用いずとも対応できるように省令が整備される可能性がありますが、その場合でも電話会社ともう一度訴訟をしなければならない可能性が高く、基本的には弁護士への依頼をお勧めいたします。