2ちゃんねる仮処分が特別代理人方式に
2021年8月以降、2ちゃんねる(2ch.sc)記事の削除や開示のための仮処分は、パケットモンスター社のために特別代理人を選任する方式となりました。
2021.4月になりパケットモンスター社の代表者として登記されていた人物が、登記上から抹消されてしまい、代表者が不在になってしまったためです。
特別代理人は弁護士会が用意している名簿の順に基づいて機械的に選任されるため、2ちゃんねる裁判についての従前の運用やパケットモンスター社に関するこれまでの経緯について承知していない弁護士の方が選任される場合が多くなると思われます。
そこで、パケットモンスター社の特別代理人に選任された弁護士の方に向けて、これまでの経緯や、同社の情報についてこのページで整理することに致しました。ご参考になれば幸いです。
そもそもパケットモンスターって?
2ちゃんねるの名義上の運営者
パケットモンスター社は匿名掲示板2ちゃんねる(2ch.sc)の運営主体となっているシンガポール法人です。
2ちゃんねるは、当初西村博之氏(ハンドルネーム:ひろゆき)によって創設された日本でもっとも著名なインターネット匿名掲示板です。
2ちゃんねるには、だれでも登録など不要で名前を名乗らずに投稿を行うことができます。
2ちゃんねるは長らく西村博之氏が運営名義として公表されていましたが2009年1月に、西村氏が2ちゃんねるを譲渡したと発表しました。
この時の譲渡先となったのがPACKET MONSTER INC. PTE. LTD.(パケットモンスター)です。
以降、運営内部の紛争に端を発する分裂騒動などもあり紆余曲折がありましたが、現在2ちゃんねる(2ch.sc)には、パケットモンスター社が運営主体であると明示されています(リンク先参照)。
パケットモンスターの実体は?
さて、パケットモンスターはペーパーカンパニーであるといわれています。これは運営名義譲渡発表の際に西村博之氏自身が公言したことでもありますし、メディアの報道もなされています。
参考:2ちゃんねる運営会社はペーパーカンパニーか、取締役が2ちゃんねるを知らず
パケットモンスターはペーパーカンパニーで実際に仕事をする従業員等はいません。
記事の削除や情報開示を含む2ちゃんねるの実際の運営は運営ボランティアと呼ばれるスタッフによってなされています。
削除や発信者情報仮処分に対する対応についても、後述の通り通常とは異なる対応がなされていました。
現在の現地の状況は?
ペーパーカンパニーとはいえ、実際にシンガポールにオフィス(レンタルオフィスと思われますが)もかつてはありました。実際に国際送達が成立した例もあります。
しかし、私(中澤)が2019年に現地に赴いてみたところ、すでにオフィスは解約しており全く何もない状態になっていました。
パケットモンスター社の本店が登記されているのは、カポファクトリーというビルですが、同社の本店があるはずの区画は金属製のシャッターで閉ざされ、ポストや看板にも全くパケットモンスターの記載もありません。
現地写真集
仮処分とってどうするの?
前述のように2ちゃんねるの記事の削除や情報開示は運営ボランティアと呼ばれるスタッフによってなされています。
そして、これまでは仮処分決定正本をパケットモンスター社に対して送達せずとも、債権者側で受領したものをスキャンして2ちゃんねるの掲示板上で連絡すれば、運営ボランティアが裁判所の決定を任意に履行するという運用が定着していました。
2ちゃんねるは投稿を削除する基準を削除ガイドラインとして定め公表していますが、この9項に「裁判所の決定・判決」とあり、単なる運用ではなくガイドライン上でも明記されています。
削除だけではなく発信者開示情報開示についても同様です。
そして特別代理人が選任される方式になって以降も、この発令後の掲示板上でのやり取りは変更なく、従前どおりの手続きで任意の履行がなされています。
そのため、仮処分決定が発令すれば、これまでと同じく掲示板上で記事の削除や発信者情報開示を2ちゃんねる側に促してゆくことが予定されています。
債権者側からのお願い
さて、特別代理人に選任された先生に債権者側から一つお願いがあります。
仮処分決定正本の債務者側への送達についてです。
前述の通り掲示板上のやり取りで履行がなされていたため、特別代理人方式になる前は仮処分決定が発令されたとしても債権者側だけが送達を受領してパケットモンスター社に対しては送達を遅らせておきつつ、その間に2ちゃんねるの掲示板上で任意の履行を求め、履行された場合には仮処分申し立てを取り下げるという運用が行われていました。通称「送達遅らせ上申書」を裁判所に提出する方式です。
この方式は債務者への送達を行わないことで担保の回収において簡易の取戻の利用が可能となるというメリットがあります。特別代理人が選任される場合でもこの方式を採用できれば債権者側としては非常に助かります。
すなわち、仮処分の発令のために供託する担保金の回収は、決定正本の送達前であれば簡易の取戻として債権者側だけの作業で可能ですが、決定正本が債務者に送達されてしまうと、簡易の取戻は使えず、担保取消の申し立てが必要となってきます。
担保取り消しを行うには債務者に対する送達がまた必要となるため、さらにもう一回特別代理人選任が必要となってしまい、また特別代理人の報酬を債権者側で負担しなければならなくなってしまうのです。
送達を遅らせるというのは例外的な運用ではありますが、掲示板への投稿で被害を受けた債権者の負担の面も考慮いただき、送達を遅らせることを了解いただけると大変助かります。
なお、送達を遅らせる期間については少し余裕を見ても2週間程度あれば十分かと思います。
特別代理人としての業務の流れ
上記の通り仮処分決定正本の送達を遅らせることを前提にすると、特別代理人の業務としては次の通りになります。
1 選任
弁護士会の名簿に基づいて推薦の打診が弁護士会の事務局からあり、内諾すれば裁判所より正式な選任がなされます。
2 副本の受領、期日調整
債権者側より仮処分命令申立書や疎明資料一式が直送されますので受け取ります。
また、裁判所で実施する双方審尋期日の調整も入ります。双方審尋期日は東京地裁保全部の通常の仮処分事件では債権者面接後1週間程度先が目安です。特別代理人事件でも選任から1週間から2週間程度が目安になるでしょう。
なお、発信者情報開示案件については、通信記録の保存期間の関係もありできるだけ早期に期日を実施できると債権者側としては非常に助かります。
3 答弁書作成
答弁書を作成して裁判所および債権者側に直送します。
4 双方審尋期日
申立ての中身に関する議論のほか、仮に発令する場合の送達の件など裁判官も交えて期日で調整します。
発令する場合には担保決定がなされて期日は終了です。
5 取下書の受領
仮処分決定正本の送達を遅らせることについて了承している場合には、債権者側で2ちゃんねるとやり取りをし、任意の履行がなされたのちに仮処分命令事件の取り下げ書が届きます。
取下書を受領したら特別代理人としての業務は終了です。