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【弁護士向け】保全の手続費用負担に関する裁判所の運用

  • 執筆者:弁護士中澤 佑一

弊所法人代表中澤佑一のニッチなコラムです。
弁護士向けなのでご容赦ください。

手続費用負担とは

民事裁判を提起する場合、弁護士に依頼すれば当然弁護士費用が掛かりますが、それ以外にも裁判所に納める収入印紙や郵便切手、期日に出廷するための交通費など様々な実費がかかります。

弁護士費用については含まれませんが、この実費と一定の費用(民事訴訟費用法と民事訴訟費用規則に詳細が)に関しては、我が国の民事裁判制度上「敗訴者負担」が原則です。

このため、裁判所が判決等を下す場合には、当事者が請求した内容に関する判断に付け加えて、「訴訟費用は被告(原告)の負担とする」といった手続費用の負担に関する判断が毎回なされています。

なお、この手続費用を実際に取り立てるためには、”訴訟費用確定申立て”という別の裁判を申立て具体的な金額を決定してもらう必要があり、実務上はあまり行われていないようです。

保全事件の手続費用負担

さて、訴訟の判決の場合は、必ず訴訟費用に関する判断がなされていますが、民事保全(仮処分)の場合は「申立て費用は債務者の負担とする」と命じる場合もあれば、手続費用に関する判断が全く示されず、単に「債務者は仮に〇〇せよ」といった命令が発令されることもあり気になっていました。

もう記憶があやふやで、なぜかは思い出せないのですが、確か私(中澤)が弁護士1~2年目のとき、「申立て費用は債務者の負担とする」という記載を入れた申立ての趣旨で仮処分申立書を起案し東京地方裁判所の保全部(民事9部)に申し立てを行ったことがありました。

その際、受付を担当した9部の書記官より、「申立て費用負担の裁判は保全ではやってないので削って」と言われ、当時はよく意味も分からず”そうですか”と修正をしました。

この費用負担を記載した申立ての趣旨について、受付段階で修正を求めるというのは現在でも東京地方裁判所保全部で行われています。

私の書籍インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアルも東京地裁の運用に準拠しているため、仮処分申立書の書式では申立て費用負担は記載していません。

しかし、東京以外の裁判所に仮処分を申し立てを行うと、こちらは特に費用の負担に関する申立ての趣旨を記載していないのにも関わらず、発令された仮処分命令では申立て費用の債務者負担が命じられている決定をちらほらもらいます。

判例データベースで「申立て費用は債務者の負担とする」と検索すると、たくさん見つかりますし、東京地裁の運用が全国的にも通用しているということでもないようです。

なぜ、運用が分かれるのか?

費用負担の裁判は行わず申し立てても訂正するように求める裁判所と、特に申し立ててもいないのに費用負担を付けて決定を出す裁判所、同じ裁判所なのに全く異なる運用がなされているのはなぜなのか、法律上どちらが正しいのでしょうか。

費用負担の裁判はいつなされるか

まず、そもそも手続費用負担の判断はどのようなときになされるのか、が検討の出発点です。

訴訟でも仮処分でも根拠条文となる民事訴訟法67条1項は次のようになっています。

裁判所は、事件を完結する裁判において、職権で、その審級における訴訟費用の全部について、その負担の裁判をしなければならない。ただし、事情により、事件の一部又は中間の争いに関する裁判において、その費用についての負担の裁判をすることができる。

つまり、事件を完結する裁判の場合には負担の裁判をしなければならない、ただし、事件を完結させない裁判でも負担の裁判をしてもよい、ということです。

仮処分ではどう考えるべきか

仮処分における手続費用負担については、仮処分事件の決定が「事件を完結する裁判」と言えるのかが問題になりますが、仮処分事件は決定の種類によって不服申し立て方法が分かれるため決定ごとに考えられています。

却下決定

まず、仮処分の申し立てを却下する決定(申立てを認めない決定)に対する不服申し立ては上級庁への即時抗告となります。

つまり、却下決定=一審の事件は完結です。

このため、却下決定の際には手続費用負担の裁判をしなければなりません。東京地裁を含め実務上、「債権者の申し立てを却下する。申立て費用は債権者の負担とする」という形で手続費用負担の裁判がなされています。

認容決定

他方で、仮処分の申し立てを認容する決定に対する不服申し立ては保全異議です。保全異議は上級庁の判断を仰ぐ手続きではなく、同一級審の裁判所にもう一度判断をしてもらう手続きです。

つまり、認容決定がでても、まだ第一審での審理が続く可能性があり「事件を完結する裁判」とは言えません。

このような観点から東京地裁では仮処分命令発令(認容決定)の際には、手続き費用の判断をしていません。

しかし、民訴法67条1項但書がありますので、この段階で手続費用の判断をすることが禁止されるわけではありません。

認容決定について必ず保全異議が申し立てられるとは限りません。むしろ実務上は保全異議は申し立てられずそのまま履行されることが大多数でしょう。

こうなると手続費用の負担の裁判がされないままになるという問題が生じますから、これを避けるため認容決定において手続費用の負担を定めるという扱いにも十分な理由があり、この観点から認容決定の際に手続き費用負担を命じている裁判所も多数存在しています。

結論はどちらも正しい

このように仮処分の認容決定については、手続費用の負担を判断することは義務ではないが、判断してもよいということになります。

どちらも正しく、まさに各裁判所の運用によることになります。

東京地裁保全部の運用に対する問題提起

損害賠償請求訴訟の判決で翻訳料が否定される

先日、Twitterへの投稿をまずTwitterに対する削除仮処分で削除し、その後投稿者に対して損害賠償請求を行う訴訟を担当しました。

Twitterに対する仮処分は、翻訳料などそれなりに費用が掛かるため、仮処分のために必要だったもろもろの費用を投稿者に対して請求したのですが、判決では仮処分のための弁護士費用は全額が因果関係のある損害とみとめられたものの(これはなかなかに画期的です)、翻訳料など仮処分の手続き費用として敗訴者負担(この場合はTwitter負担)が命じられるべき費目については、仮処分の費用として仮処分の相手が支払うべきことを理由に賠償を認めないとされました。

理屈は分かりますし正しいのですが、東京地裁保全部の運用とかみ合ってません。

費用負担の裁判をしてくれない以上、Twitterに請求することもできませんし、投稿者に請求することもできず違和感があります。ちなみに損害賠償の判決も東京地裁(知財部)です。

そこで、この点を主に損害賠償を審理する裁判体に対して問題提起すべく、あえて「申立て費用は債務者の負担とする」と記載して東京地裁の保全部に仮処分申立てをしてみました。

東京地裁保全部の対応は?

案の定、受付段階で修正指示が来ましたが、今回は理由があってあえてやってることを説明し修正に応じませんでした。

審尋期日においても担当裁判官から、改めて費用負担部分の申し立ての取下げを打診されましたがここでも断りました。

上記の損害賠償請求の話をしつつ、費用負担を判断しないことはむしろ法の原則通りであり、東京地裁保全部の運用について問題視しているわけではないこと、よって費用負担の判断が決定になくとも何ら問題とは考えないこと、ただし、そのような法律では見えないレベルの運用が後の審理を担当する裁判体にも理解できるように申立ての趣旨には費用負担の記載を残したいという説明をしたところ、担当裁判官も苦笑いしつつ諦めてくれました。

申立てが残る以上、費用負担を判断するか否かについて一応保全部全体で情報共有するという話でしたが、届いた決定は従前の取り扱いと同じく費用負担に関しては判断されていませんでした。

やはり東京地裁保全部は件数も多いですし、法の原則通り義務がない以上はあえて判断をすることはしないようです。

今後、損害賠償請求訴訟段階で、運用の齟齬について何らかの回答なり解決策が得られればと思いますので、引き続き問題提起をしてゆきたいと考えています。

開示請求の東京集中による負担という別の問題

さて、手続費用の問題について、博多オフィスのブログに掲載したのには理由があります。

私が多く手掛けている発信者情報開示の事案は、ほとんどのケースで裁判管轄が東京地裁となります。東京近郊の方が当事者となる場合だけではなく、福岡を含むどの地方の方でも東京地裁で裁判をしなければならないケースが大半です。

博多オフィスでも発信者情報開示裁判の依頼をお受けしておりますが、その場合は東京オフィスと共同で対応し、東京への出廷に対するフォローアップを行っています。

当事務所は幸い複数拠点の連携が可能たなめ東京地裁までの日当や交通費などはいただいておりませんが、仮に福岡の弁護士のみで対応する場合には、東京までの交通費なども必要であり、それは依頼者の方にご負担いただきますので、被害者救済の観点からも深刻な問題があります。

そして、交通費などは手続き費用として相手に請求できるはずなのですが、東京地裁保全部の運用が前述の通りですので地方在住の方はますます割を食っていると言えます。

福岡県弁護士会も発信者情報開示制度の改正に当たって、地方の当事者の出廷負担への手当てをという意見を表明しています

今国会で成立予定の改正プロバイダ責任制限法で、発信者情報開示に関する新たな裁判制度が導入されます。(参考:2021年改正新プロバイダ責任制限法条文解説

新制度では、管轄が大阪地裁にも広がり、さらに原則出廷なしの書面審理で運用される方向です。

この記事で説明した仮処分の手続費用の問題をはじめ、裁判は法律で決まっていない運用レベルの部分が案外多くあります。

新制度が使えるものになるのか否かは、まさに運用にかかってくるところですが、うまくいけば地方の当事者が発信者情報開示請求を行う際の負担が大きく軽減できるかもしれません。

これまでの発信者情報開示制度と同じく、文句を言いながら何とかやりくりしてゆくことになるのだろうとは思いますが、運用や申立人側の工夫で改善できる部分はできるだけ提案してゆきたいと思います。

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