風評被害対策

Clubhouseの発信者情報開示

  • 執筆者:弁護士中澤 佑一

2021年に入り、clubhouseというSNSが日本でも話題になっています。

clubhouseは、2020年4月よりサービスが開始されたSNSで、2021年1月下旬に入り日本でもユーザーが増えている状況です。

特徴としては、文字の発信ではなく音声の発信であること、録音や記録が規約上禁止され”オフレコ”の会話がなされることが挙げられます。

その他詳細については、解説したWEB記事が多数ありますので、「clubhouse」と検索して探してみてください。

権利侵害は起こる?発信者情報開示は?

私(中澤)も、clubhouseに登録して、どのような利用がなされているのかをいろいろ見てみました。

Twitterなどとは違って、記録されない音声の発信とはいえ、会話の中での行きすぎた発言による名誉毀損やプライバシー侵害については十分起こりうるだろうという印象です。

また、音声を発信するという仕様上、ラジオ的に音楽を流している方もいましたが、このような形態で無許可の音楽配信による著作権侵害も問題になるかもしれません。

そして、現状は招待制ということで顔が見える範囲のユーザーしか登録していませんが、いずれは「なりすまし」による登録は問題になってくるでしょう。

何より、新しいSNS、新しいツールといっても、使うのはあくまでこれまでと同じ人間です。ツールが変わっただけで権利侵害が発生しなくなるということはなく、今後clubhouseの利用者拡大に比例して、その中での権利侵害も当然増えてゆくものと思われます。

では、実際に何らかの権利侵害が発生したとして、その相手が分からなかったとき、プロバイダ責任制限法にもとづく発信者情報開示は可能でしょうか。

 

保有する発信者情報は?

実際にやってみなければ分からないのが大前提で、私の経験による予測ですが、clubhouseは個々の音声通信についての発信ログは保存しない仕様になっていると思われます。

TwitterやFacebook、Instagramなど米国系のSNSはみなこのような仕様ですので、clubhouseも同様でしょう。

おそらく通信記録があるとしても、アカウントへのログイン記録に限られるのではないでしょうか。

他方でclubhouseは現在のところ、携帯電話番号の登録が必須になっています。ちょうど、2020年8月のプロバイダ責任制限法省令改正において、新たに開示対象としてこの電話番号が発信者情報に加えられました。

そこで、IPアドレス等の通信記録を開示請求するよりも、対象アカウントが登録した電話番号の開示請求を行う方法がより確実な方法と思われますので、もし私が依頼を受けた場合には電話番号の開示請求を提案する予定です。

 

録音やメモが禁止されている

実際に悪口やプライバシー侵害が発生した時、それを証拠として確保しなければ、権利救済は困難です。

しかし、clubhouseでは、利用規約において録音やメモといった、ユーザーの発言内容の記録化が禁止されています。これは運営側が規約を通じてコミュニティの方向性を示しているのだと思われます。

そこで、いざ権利行使をしようとした場合に、利用規約との抵触が問題になりますが、結論としては権利侵害に対抗するための正当行為として是認されます。

また、そもそも利用規約の拘束力はclubhouseとユーザーとの間で発生するものですし、他人の権利を侵害するような発言を行ったユーザーがclubhouseの利用規約を盾に録音することは規約違反だ、録音は違法に収集した証拠だといった主張を行ったとして、被害者に対する反論として有効になることはないでしょう。

 

国際裁判管轄の問題?

では、実際に発信者情報開示請求を行う場合、どのような手続きが取りうるか考えてみましょう。

まず、請求の相手方となるのはclubhouseを運営している米国カリフォルニア州法人のAlpha Exploration Co., Inc. です。

連絡先のメールアドレス等が公開されている企業ですが、メールや書面による問い合わせで発信者情報を開示してくれるかは未知数です。ただ、一般論としては情報開示には慎重であり、裁判所の令状や命令がなければ応じないとなるのが通常です。

そこで、通常の我が国の手法としては、民事裁判においてプロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求を行うことになります。TwitterやFacebook等についてもこの手法で情報開示を行なっているところです。

しかし、一つ大きな問題として「国際裁判管轄」があります。

我が国の裁判所の権限が及ぶか否かの問題です。我が国以外の外国企業等を我が国の裁判に従わせることができるか、言い換えれば日本の裁判所で裁判ができるのかということが問題となります。

現在、TwitterやFacebook、Googleといったグローバル企業に対する発信者情報開示の裁判は、日本の裁判所で当然のように認められていますが、これは「日本において事業を行う者」は日本に国際裁判管轄を認めるという法律(民事訴訟法3条の3第5号)があるためです。

「日本において事業を行う者」という概念が具体的に何を意味するのか、この解釈については実際に日本に支店を有する場合は簡単なのですが、ウェブサービスの場合はウェブ上の記載で日本語向けのウェブサイトがあるか、利用規約に日本語訳があるかなどの要素から日本向けにサービス提供があるかという観点で判断されています。

TwitterやFacebook、Googleも日本語のウェブサイトと日本語の利用規約があり、「日本において事業を行う者」に当たるとされているところです。

しかし、clubhouseはまだスタートしたばかりのサービスであり、利用規約は英文のみです。

また運営元であるAlpha Exploration Co., Inc. のウェブサイトにも日本語版はなく、日本向けに正式なサービス提供は現時点ではなされていない状況です。

このため、おそらく現時点で日本の裁判所に持ち込んだところで、国際裁判管轄が否定され日本の裁判所では判断が下せないということになりそうです。

 

米国discovery制度による情報開示

日本の裁判所での裁判ができない以上、Alpha Exploration Co., Inc. が所在する米国での手続きが必要となります。

この場合、我が国から一番利用しやすいのは民事手続合衆国連邦法典に規定のある「外国及び国際法廷並びにその当事者のための援助」です。

ここ数年、我が国でもこの制度を利用した情報開示が徐々に広がってきており実績も積みあがってきています。情報開示後の日本側での手続(損害賠償請求など)との連結も問題なく信頼できる制度と言えます。

 

現実的な問題

日本語利用規約が間にあうか

このように、現在のところ日本向け正式サービスが開始されていないということもあり、日本の裁判所での発信者情報開示請求は不可能と思われます。

米国制度の利用はあり得ますが、現実的な問題としては今後ユーザーが増え実際に発信者情報開示を行わなけれなならない事例、つまり第一号事例が生じたときに日本語版利用規約の整備がなされているかが大きな問題になると予想されます。

Alpha Exploration Co., Inc. が裁判所の決定に従うかという問題もありますが、日本語版の利用規約を用意して日本向けにサービス提供を行おうとするのであれば原則として応じる方向になるのが通常です。

証拠の確保ができるか

プロフィール画面のBIOやアイコンであれば記録化は容易ですが、記録がなされない音声での誹謗中傷等については現実的にはその場で録音、記録化ができるかというのが一番の問題になるでしょう。こんなひどい悪口を言われたと我々弁護士に相談がきたとして、録音がなければ何もできないのが現実です。

利用規約で禁止されてはいるものの、自分の権利が侵害されている状況を確認した場合には、これに対抗するために録音は必須と言えます。

【追記・発話者とIDの録画も必要】

おわりに

インターネットでは日々新たなサービスが開発され、どんどん我々の生活を便利にしてくれています。
私も発信者情報開示のやり方を調べるという動機でclubhouseを登録しましたが、実際に中をいろいろ見てみますと興味深い話がなされているRoomも多く純粋に楽しいです。

しかし、新しいサービスには新しい問題、新しい紛争が必ず発生します。
この時、新しいサービスによってもたらされた被害が新しいサービスによってもたらされる便益を上回ってしまえば、そのサービスはどんなに素晴らしいものであったとしても社会に浸透することはありません。

私たちは新たな問題への事後的な救済策を確立、提供することで、インターネット社会の発展を後方支援したいと考えています。
弊所は新しい問題や前例がない問題であっても、積極的に取り組んでいます。被害を受けてしまった場合には、一度ご相談いただければと思います。

また、新規にサービスを開発しようとなさっているベンチャー企業の支援も積極的に行っています。
座組の段階からプロジェクトに参加し、法規制の回避や適法化スキームの構築、上場審査を見据えた意見書の作成なども行っております。

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